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近視と乱視
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1 year ago
本当のことを云おうか、というのはあらゆる書物の冒頭の一節ですが、本当のことで書けることというのは僅かです。その僅かな領域の中で、人の名を変え、地名を変えて、何かを遺そうとしても、本名を知られている以上、ブランショの写真のように、ネット上の痕跡のようにして、書かれたものは全て、それを覗き見る見えない者によって、記憶の箱の中に納められていきます。書かれたものはだから全て公です。本当のことは、人の手によって書かれたことがないのです。存在しているのは書かされてきたことだけで、書かせる源が何であるのか、書く側がどこまでさらけだしているかが批評の土台になっていきます。それは書店の入り口に立つ道場破りに似ています。わたしは人を殺した、と書きます。すると書物たちが、私も殺した、実は私も、と口ぐちに叫び或いは呟くのです。共犯者或いは逃亡者を探し出し共闘するために、夜のアヴェニューBを壁伝いにぴょんぴょん移動することがニューヨークの全てであったとしても。
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by
Peter Vidani